RayとGoogle TPUの出会い、なぜ注目すべきか
ディープラーニングモデルの規模が拡大するにつれて、単一GPUでの学習には限界があります。特に最近は大規模言語モデル(LLM)やマルチモーダルモデルを自前で学習させようという試みが増えており、分散コンピューティングの重要性はますます高まっています。
分散学習を行うには、インフラ構築からタスク分散、障害復旧、リソース管理まで、考慮すべき点が数多くあります。このプロセスを抽象化し、強力なオープンソースフレームワークとして確固たる地位を築いたのがRayです。
一方、Google Cloud TPU(Tensor Processing Unit) は大規模な行列演算に特化したハードウェアであり、特にTransformerベースのモデル学習で優れたパフォーマンスを発揮します。今回、RayがTPUを完全正式サポートしたことで、GKE環境でRayとTPUを組み合わせて使用することがこれまで以上にシームレスになりました。
この記事では、RayとTPUの組み合わせがなぜ強力なのかを解説し、GKE上でRayクラスタを構築して分散学習を始める方法をステップバイステップで紹介します。

本論1: GKEでのRay + TPUクラスタ構築
RayのTPU正式サポートは、単に「動作する」というレベルを超え、TPU Podスライシング、マルチホストデプロイメント、自動復旧などをRayのAPIで自然に処理できるようになったことが重要です。実際にGKE上でRayクラスタを構築する方法を見ていきましょう。
1. 事前準備
Google Cloudプロジェクトが準備され、gcloud CLIがインストールされていることを前提とします。まず必要なAPIを有効化します。
# GKE、TPU、Ray Operatorに必要なAPIを有効化
gcloud services enable container.googleapis.com \
tpu.googleapis.com \
ray-operator.googleapis.com
2. GKEクラスタ作成(TPU対応ノードプール含む)
TPUを使用するには、GKEクラスタ作成時にノードプールにTPUマシンタイプを指定する必要があります。ここでは代表的なTPU v5e-4タイプを使用します。
# GKEクラスタ作成(バージョン1.30以上推奨)
gcloud container clusters create ray-tpu-cluster \
--region=us-central1 \
--cluster-version=1.31 \
--release-channel=rapid
# TPUノードプール追加(v5e-4、シングルホスト)
gcloud container node-pools create tpu-pool \
--cluster=ray-tpu-cluster \
--region=us-central1 \
--machine-type=ct5lp-hightpu-4t \
--num-nodes=1 \
--tpu-topology=2x2
参考:
ct5lp-hightpu-4tはTPU v5eチップ1個(4コア)を持つマシンタイプです。より大規模な構成が必要な場合は、ct5lp-hightpu-8t(8コア)やマルチホストトポロジーを検討できます。
3. Ray Operatorのインストールとクラスタデプロイ
次に、GKEにRay Operatorをインストールし、TPUノードプールを使用するRayClusterを作成します。
# KubeRay Operatorのインストール
helm repo add kuberay https://ray-project.github.io/kuberay-helm/
helm install kuberay-operator kuberay/kuberay-operator \
--version 1.2.0
続いて、以下のYAMLファイルでRayClusterを定義します。
# ray-tpu-cluster.yaml
apiVersion: ray.io/v1
kind: RayCluster
metadata:
name: ray-tpu-cluster
spec:
headGroupSpec:
serviceType: ClusterIP
template:
spec:
containers:
- name: ray-head
image: rayproject/ray:2.40.0-py311
ports:
- containerPort: 6379
- containerPort: 8265
resources:
requests:
cpu: "2"
memory: "4Gi"
limits:
cpu: "2"
memory: "4Gi"
workerGroupSpecs:
- groupName: tpu-workers
replicas: 2 # TPUノード数に合わせて調整
template:
spec:
nodeSelector:
cloud.google.com/gke-tpu-accelerator: "tpu-v5-lite-podslice"
tolerations:
- key: "google.com/tpu"
operator: "Exists"
containers:
- name: ray-worker
image: rayproject/ray:2.40.0-py311
resources:
requests:
google.com/tpu: "4" # v5e-4の場合
limits:
google.com/tpu: "4"
# RayClusterのデプロイ
kubectl apply -f ray-tpu-cluster.yaml
4. 分散学習スクリプトの実行
次に、Ray Jobを提出してTPUで学習を実行してみましょう。RayのtrainerAPIを使用すると、TPU設定を自動的に検出します。
# train.py
import ray
from ray import train
from ray.train.torch import TorchTrainer
def train_func(config):
# TPU初期化(Rayが自動処理)
import torch_xla
import torch_xla.core.xla_model as xm
device = xm.xla_device()
# 簡単なモデル定義
import torch
import torch.nn as nn
model = nn.Linear(10, 1).to(device)
optimizer = torch.optim.SGD(model.parameters(), lr=0.01)
loss_fn = nn.MSELoss()
# ダミーデータ
data = torch.randn(100, 10).to(device)
target = torch.randn(100, 1).to(device)
# 学習ループ
for epoch in range(10):
optimizer.zero_grad()
output = model(data)
loss = loss_fn(output, target)
loss.backward()
xm.optimizer_step(optimizer, barrier=True)
if xm.is_master_ordinal():
print(f"Epoch {epoch}, Loss: {loss.item():.4f}")
# Ray Trainerの構成
ray.init()
trainer = TorchTrainer(
train_func,
scaling_config=train.ScalingConfig(
num_workers=2, # TPUコア数
use_gpu=False, # TPU使用時はFalse
resources_per_worker={"google.com/tpu": 4}
)
)
result = trainer.fit()
print("Training completed!", result)
# Ray Jobの提出
ray job submit --address http://localhost:8265 -- python train.py
これにより、Rayがワーカー間通信を自動的に構成し、TPU環境に適したXLA演算を実行します。

本論2: 運用環境での注意点と応用テクニック
GKE上でRayとTPUを運用する際、いくつか重要なポイントがあります。
TPUの特性を理解する
TPUはGPUとは異なり、ホスト間の直接通信が制限されています。特にマルチホストトポロジー(例: v5e-8以上)では、ネットワークトポロジーを正確に指定する必要があります。RayはTPU Podスライスを自動検出しますが、カスタムトポロジーが必要な場合は、placement groupを直接定義する必要があるかもしれません。
コスト管理戦略
TPUはGPUよりも単位性能あたりのコストが低い可能性がありますが、予約型(Reserved)とオンデマンド(On-demand)の価格差は大きいです。長期学習ジョブには予約型を、テスト段階ではオンデマンドを使用するのがコスト効率的です。GKEのNode Auto Provisioningを活用すれば、ワークロードに合わせてノードを動的に調整できます。
障害復旧とチェックポイント
分散学習で最も重要なのはチェックポイントです。Rayのtrain.Checkpoint機能を活用すると、定期的にモデル状態を保存できます。GCS(Google Cloud Storage)に直接チェックポイントを保存するよう構成すれば、TPUノードが再起動しても学習を継続できます。
# チェックポイントをGCSに保存する例
from ray.train import Checkpoint
checkpoint = Checkpoint.from_dict({
"model_state": model.state_dict(),
"optimizer_state": optimizer.state_dict(),
"epoch": epoch
})
# GCSパスに保存
train.report(metrics={"loss": loss.item()}, checkpoint=checkpoint)
モニタリングとアラート
GKE環境でTPU使用量をモニタリングするには、Cloud MonitoringとRay Dashboardを併用するのがおすすめです。特にTPUの温度、消費電力、使用率を追跡すると、ボトルネックを迅速に発見できます。
# Ray Dashboardのポートフォワード
kubectl port-forward service/ray-tpu-cluster-head-svc 8265:8265
日本市場での適用文脈
日本国内ではまだTPUの利用事例は多くありませんが、GPUコスト負担が増大する中でTPU導入を検討する企業が増えています。特にさくらインターネットやGMOインターネットグループなど国内クラウドサービスでもGPUインスタンス提供が進んでいますが、TPUの提供はまだ限定的です。
そのため、現時点ではGoogle Cloudを直接利用するか、国内クラウドのGPUをRayで抽象化して利用するハイブリッド戦略が現実的でしょう。日本語での情報がまだ少ないため、公式ドキュメントの翻訳やコミュニティでの情報共有が今後の課題と言えます。

まとめ: TPU分散学習の敷居が下がった
RayのTPU正式サポートは、分散学習エコシステムにおける重要なマイルストーンです。以前はTPUを使用するために分散学習コードを別途作成する必要がありましたが、現在はRayの抽象化されたAPIを通じて、TPUとGPUを同じ方法で扱うことができます。
実務適用のための提案
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GPUで開発、TPUで学習: 開発サイクルではGPUインスタンスを使用してコードを迅速に検証し、実際の学習はTPUに切り替える戦略がコスト効率的です。Rayは両環境をサポートするため、コード修正はほとんど不要です。
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小規模から開始: 最初から大規模クラスタを構成するよりも、シングルホストTPU(v5e-4)でパイロットプロジェクトを進めてみてください。TPUの動作方法とデバッグ方法を習得してから拡張するのが安全です。
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コミュニティとリソースの活用: RayとTPU関連の公式ドキュメントとサンプルコードは増え続けています。この記事で紹介したRayとGKEを活用した分散学習ガイドを基に、より深い学習を進めることをお勧めします。
この技術の限界と注意点
- TPUは特定のモデル構造(特にTransformer系)に最適化されており、CNNや非構造化データ処理ではGPUよりもパフォーマンスが低下する可能性があります。
- XLAコンパイラがサポートしない一部のPyTorch演算は修正が必要になる場合があります。
- マルチホストTPU設定ではネットワーク帯域幅がボトルネックになる可能性があるため、データローディングパイプラインの最適化が必須です。
参考リンク
次のステップとしての学習方向
- Rayの
TrainerAPIとTune(ハイパーパラメータチューニング)を組み合わせたワークフロー構築 - GKEのAutopilotモードでのRayクラスタ運用方法の学習
- TPU v6e(Trillium)のパフォーマンス特性と活用事例の調査
この記事が皆さんの分散学習の旅に実質的な助けとなれば幸いです。質問があればコメントでお知らせください。