医療AIにおける真の課題は、アルゴリズムの精度だけではなく、機密性の高い大量のデータをグローバル規模で安全かつ迅速に、規制に準拠して処理できるインフラを構築することです。FDAからDe Novo承認を得た前立腺がん予後AIプラットフォームを開発するArteraは、この課題をAWS上にモダンでスケーラブルなソリューションをアーキテクチャリングすることで解決しました。本記事では、その技術的設計と実践的な洞察を解説します。詳細な根拠資料は AWS Architecture Blog でご確認いただけます。

コアアーキテクチャ:セキュリティ、スケーラビリティ、データローカリティ
Arteraのシステムの中核には、高解像度の生検画像(最大8GBに達することも)を数万のパッチに分割して並列分析するために必要な、高度なワークフローオーケストレーションがあります。これを実現するコアなAWSスタックは以下の通りです。
- フロントエンドとグローバルアクセス: 医療専門家向けのArteraポータルは、Amazon CloudFrontとAWS Global Acceleratorを介して、低遅延で全世界に配信されます。
- コンテナオーケストレーション: WebアプリケーションはAmazon ECS上で動作し、AI/ML推論および前処理パイプラインはAmazon EKSクラスター上で実行されます。EKSはコンテナ化されたワークロードをオーケストレーションし、大規模な画像パッチを並列で効率的に処理します。
- データ層: 生検の原画像はAmazon S3に安全に保存されます。処理中の画像パッチとモデルデータは、Amazon EFSを介してECSとEKS間で共有されます。患者のメタデータと結果は、高可用性のAmazon RDSデータベースに保存され、Amazon ElastiCacheによってパフォーマンスが最適化されます。
- セキュリティとコンプライアンス: きめ細かいアクセス制御と暗号化は、AWS IAMとKMSによって管理されます。リージョン固有のリソースデプロイメントにより、各国のデータ所在地要件を満たしています。

従来方式との違いと成果
Arteraのアプローチは、従来の遺伝子検査をAIとクラウドインフラに置き換えることで、いくつかの決定的な利点を生み出しました。
| 区分 | 従来の遺伝子検査 | Artera AI診断 (AWS活用) |
|---|---|---|
| 結果取得時間 | 約6週間 | 1〜2日 |
| サンプル消費 | 組織サンプルを消費(破壊的) | デジタル画像分析(非破壊的) |
| スケーラビリティ | 物理的な実験室の容量に制限 | AWSによる弾力的なスケーリング |
| データ基盤 | 少数の遺伝子発現 | 全スライド画像からの多重シグナル(病理組織像) |
| 規制対応 | 複雑な物理的なデータ移動 | AWSリージョンを活用したデータローカリティの保証 |
このアーキテクチャは、運用面でも大きなメリットをもたらしました。インフラ管理の負担が軽減されたことで、エンジニアはコアとなるAIアルゴリズムの改良に集中できるようになりました。AWSのグローバルフットプリントを活用することで、地域のデータ規制を遵守しながら迅速な市場拡大を実現しています。

将来の展望と示唆
現在は前立腺がんに焦点を当てていますが、Arteraは『汎腫瘍(pan-tumor)ファウンデーションモデル』を開発中であり、乳がんなど他の癌種への拡大を計画しています。AWSの弾力的なインフラは、この将来の成長を支える鍵となります。
医療AIプロジェクトを計画する開発者やアーキテクトにとって、Arteraのケースは重要な教訓を提供します。複雑なワークフローはEKSでオーケストレーションし、大規模なファイル共有はEFSで処理し、データローカリティとコンプライアンスにはAWSリージョンポリシーを積極的に活用することです。真の価値は、AIモデルの精度を高めるだけではなく、それを実際の臨床現場に安全かつ迅速に統合できるインフラ設計にあるのです。AWSは、このような生命に関わる革新を可能にする強力な基盤を提供しています。